不安な自分を許そう。

少しずつ、新潟も雪解けが始まり、春が来るんだろうなって思いながら、雪を踏みしめ、歩いています。

 

3月に入りましたので、「終わり」と「始まり」が沢山溢れる季節ですね。

 

この時期、不安的になりやすい子ども達は多いと思います。

大人だって、不安な時期でもあります。

 

何かが終わるというのは怖い。

何かが始まるというのもまた怖い。

 

実際、通り過ぎてしまえば、「そんな時期もあったな」と思えるのでしょうが、渦中にいるときは、楽観的に考えることができない。

不安ばかりが勝ってしまい、袋小路に迷い込んで、息ができないくらい苦しくなってしまうことってあると思います。

 

でも、そんな自分でも大切でかけがえのない自分なんです。

これは忘れてはいけない。

 

だから、そんな自分を許してあげていいんじゃないのかなって思います。

 

どんな自分でもかけがえのない自分だと頑なに信じることができたら、楽になるというよりは、新しい発想や方法が見つかりやすくなるんです。

 

不安を抱えながらも、その不安さえも大切な自分の一部として歩んでいけると、不安って、自然と姿を消していくんです。

 

自分の中でも「出会い」と「別れ」ってありますね。

 

「許す」ということから、新しいものが始まる。

不安な自分を不安に思う必要はないんじゃないのかなって思います。

コメント(2) この記事のURL

コメントが2件あります。

  1. きくち より:

    こんにちは。

    不安…て、目には見えなくて、厄介です。
    息子は毎日最低限のプリントをしたあとは好きに過ごし、時々その姿に苛立ちを抑えきれなかったりします。

    ゲームに没頭出来ても、本当は凄く不安で一杯ですよね。

    色んな事が、記憶出来ません。
    漢字や文章問題、日常のこと。
    幼少の頃は、気にもしませんでした。
    ただ、何故か不安感や依存が強かった。
    おかしい、何か違う、まわりと同じように子育てしてるつもりが、私が育てると過保護になる。
    愛情が満たされてないのか、
    育て方か、そう思ってましたから、とにかく必死に応えて。

    小学校に入り、直ぐにまわりの子との差が開き確信しました。

    現在は医療機関と大学の教育相談に通っています。
    DNーCASを、近々受ける予定です。
    必ず道は拓けると、諦めずにいたいです。

    • なぐも より:

      きくちさんへ

      こんにちは。
      本当に不安という形があれば、わかりやすいんですけどね・・・。

      普段、何も気にせずとも記憶できる感覚で生きている人が多い中で、記憶できないというのは学年が上がる度に恐怖に変わってくるかもしれません。

      また、「過保護」と「手厚い子育て」は似て非なるものですが、周りから見ると「そこまでしなくても」と思ってしまうところはあると思います。
      そして、周りとの違いや差というのは、どうしても気になってしまいますよね。僕もそうでした。

      「違いを確信する」って大事な事ですよね。
      そこがスタートラインです。

      そして、お子さんの歩んだ道はこれからの子ども達の道標になります。
      もちろん、これからの子ども達のために頑張る必要はありませんが、お子さんの歩んだ道は誰かの力になるはずです。

      誰かの力になれるって、素敵なことです。

      全てうまくいく道はないかもしれません。だけど、その過程で磨かれている内面もあり、とっても素敵な人に成長すると思います。
      ある程度の痛みを知っている人は、人の痛みもしっかりわかる。そうすると、真の優しい人として、愛されるはずです。

      必ず道は拓けると、願っています。

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